コロナワクチン接種―筋肉注射について

 本邦ではインフルエンザを含む多くのワクチン接種が筋肉注射(筋注)ではなく皮下注射(皮下注)ですが、海外のほとんどの国ではワクチン接種は筋注です。インフルエンザワクチンやB型肝炎ワクチンの発症予防や抗体産生に関して筋注の方がより効果があり、注射の痛みや副作用も皮下注よりはるかに少ないことが多くの文献で報告されています。
 それにも関わらず、本邦でワクチンの筋注が避けられてきた理由として、1973年に全国紙で報じられた「幼児大腿四頭筋短縮症(拘縮症)」の原因が大腿部前面への筋注であったことが社会問題となった時代背景があります。ワクチンではなく使用した解熱剤や抗生物質が筋の線維化の原因であったのですが、筋注それ自体が問題であるという考え方が広まり、ワクチン接種に対しても筋注に慎重になってきた歴史があります。2021年2月に日本でコロナワクチンの接種が開始され、今回の接種が4回目となります。当院でも7月26日(火)より新型コロナワクチンの4回目接種(ファイザー社:12歳以上)を開始します。新型コロナワクチンは海外での開発であり、治験も筋注で行われており、日本国内の接種であっても筋注で実施する必要があり、ワクチンを接種する我々医療者は正しい筋肉注射の手技を行う義務があります。
 看護師さんはワクチンの注射を行う部位が肩関節の一番外側で皮下に触れる肩峰という骨から3横指下(約5cm)であることを教えられてきています。しかしながら皮下注ではあまり問題とならなかったこの部位が筋注ではとても危険な部位であることを整形外科医であり、特に肩関節を専門とする私にとって手術を行うたびに痛感させられてきました。
 コロナワクチンの筋注は通常、三角筋という肩の筋肉内に打つのですが、深層には腋窩神経と肩関節を構成する三角筋下(肩峰下)滑液包という大事な組織があります。三角筋を支配する腋窩神経は肩関節や上腕骨近位端骨折の手術で最初に気をつける部位です。肩関節が内旋すると腋窩神経の中枢部が注射の部位になり、橈骨神経も腋窩神経に近くなり、さらに危険です。ワクチン注射後に肩が上がりにくい患者様を見ますが、単なる注射後の痛みであれば徐々に軽快しますが、腋窩神経の末梢部位での損傷であれば前方の三角筋麻痺のみが起こり、完全麻痺とはならないので見逃されることもあります。また肩の外旋が強すぎると結節間溝という肩関節内に繋がる組織に直接刺す危険性があり、上肢の肢位に細心の注意を払わなければなりません。
 肩峰下近位での筋注、あるいは肩関節が外転していると針が上肢外側に対して上方を向いて刺入することになり三角筋下滑液包内へのワクチンの誤注入のリスクが高くなります。インフルエンザワクチンなどの注射後に強い肩峰下滑液包炎が起こることが多く報告されてきており、2010年にはすでにSIRVA(Shoulder Injury Related to Vaccine Administration;ワクチン接種に関連した肩の障害) との名称が提唱され、肩関節外科医の間では周知の疾患となっています。手術による肩峰下滑液包の郭清が必要になることもあります。大学の後輩で、産業医大若松病院整形外科の内田教授が2012年に近医で子宮頸がんワクチンである Cervarix を三角筋部に注射後、数時間で重篤な肩峰下滑液包炎が発症し紹介来院、手術に至った症例を報告しています。裁判記録によると発症原因は不適切な部位への注射であったようです。橈骨神経は上腕骨骨幹部骨折のプレート固定などの手術で最大の注意を払う神経です。注射による橈骨神経障害は腋窩神経とは比較にならないほど重篤かつ麻痺などの後遺症が残ることがあり、最も気をつけなければならない神経です。
 外来診療で使用している整形外科に特化した超音波エコーを用いると橈骨神経の走行を明瞭に確認することができ、また後上腕回旋動脈に沿って走行する腋窩神経の部位も容易に確認できます。正しく安全なワクチン接種を行っていきたいと思っております。

1)馬嶋健一郎ほか インフルエンザワクチンにおける皮下注射・筋肉注射の差異―発症率・接種時疼痛・副反応の前向きコホート観察研究― 環境感染誌 2021; 36: 44-52.
2)Uchida S, et al. Subacromial bursitis following human papilloma virus vaccine misinjection. Vaccine 2012; 31:27-30.
3) Bass JR, et al. Shoulder injury related to vaccine administration (SIRVA) after COVID-19 vaccination. Vaccine 2022 Jun 8


2022年07月20日